「智慧のマーケット」開設一周年を迎えて
・7月7日に、「智慧のマーケット」は、開設一周年を迎えます。
・開設一周年を迎えて、改めて、「智慧のマーケット」の追求する「ほんとうの幸福」について考えてみたいと思います。
・この記事の目的は、「魂のよろこび」と「執着」を見分け、「ほんとうのよろこび」を手にすることです。
(『永遠の仏陀』第2章の学びの実践編でもあります。)
(この記事は、「一般ページ」でも公開しています。)
🙂 魂のよろこびとは
・幸福の科学で探求をしているのは「魂のよろこび」、「ほんとうの幸福」です。
・『永遠の法』では、「魂のよろこび」として、次の二つが説かれています。
① 魂が向上したとき
・自分が役に立ったときです。
② 新たなる知識を獲得したとき
・「仏のつくった(幸福な)世界」についての発見があったときです。
😐 魂のよろこびが執着に転じるとき
・私たちにとって問題となるのは、肉体をまとっていると、「魂のよろこび」がいつのまにか「執着」に転じて、「苦しみの原因」になっていることです。
・その変化は、次のように起きます。
① 「向上心」が「人との比較」に変わる
・一つは、「魂の向上のよろこび」が、「人との比較」に変わったときです。
・魂が向上する手段として、仏は「競争の原理」を創られました。
・「他人と競争をして向上を目指すのはよいこと」ですが、人はいつしか、「競争に負ける自分」を不幸と感じる(劣等感を持つ)ようになったり、「失敗の恐怖心」を持つようになったり、「相手の不幸や失敗を喜ぶ」ようになったりします。
・これが「苦しみ」の原因です。
② 「人の役に立ちたいという心」が「奪う愛の心」に変わる
・もう一つは、「人の役に立つよろこび」が、「奪う愛」に変わったときです。
・人の役に立つと、人から感謝されたり、ほめられたりします。
・人の心は、これを幸福と感じるようにできています。
・しかし、「人から感謝されたい心(ほめられたい心)」は、人を縛る「奪う愛の心」を生みます。
・「人からほめられたい心」は、自分の思い通りに評価してもらえないという「苦しみ」に変わるのです。
話を整理すると
・話を整理すると、次のようになります。
・私たちの苦しみの原因として大きなものは次の二つです。
① 劣等感(他人との比較)
・他人との比較の「苦しみ」は、向上心がこの世的に転化した時に起こります。
② 人から愛されていないという気持ち
・人の役に立ちたいという気持ちが、うまくいかないときに「奪う愛」の心が起きます。
努力逆転のワナ
・執着がでてきたときに、考えなければいけないことは、「苦しみ」から脱することばかり考えていると、「努力逆転」のワナにおちいるということです。
・劣等感から逃げようとすればするほど、劣等感は深くなってきます。
・失敗を恐れれば恐れるほど、失敗が増えてきます。
・人にほめられようとすればするほど、人の評価は下がってきます。
🙂 どうすればよいか
・執着から抜け出す方法は、人によって違ってきますが、おおよその感じは以下の通りです。
① 自分の執着の認識をする
・まず、自分が「執着で苦しんでいること」を知ることです。
・たいていの人は、苦しみの中にある時に、「他人を変えよう」としたり、「環境を変えよう」とします。
・しかし、ほんとうは「心の問題」です。
・他人や環境を変えようとするのではなく、「心の問題」と悟ることです。
(「心の問題」と悟るためには、毎日の反省が必要です。)
② 現実の見方を変える
・心の問題とわかったら、「苦しい」とか、「自分がダメ」と思っている「その見方が間違っている」ということを知っていただきたいと思います。
・人生は魂修行の場です。
・「苦しみ」は向上のための「苦しみ」ですので、人生計画から見れば悪いことではなく予定通りのことです。
・ただし、このレベルでは、頭では理解できても、心の傷はいえていません。
(心の苦しさはなくなりはしません。)
(劣等感が苦しいのは、心が傷ついているからです。)
(反省のポイントは、「正見」です。)
③ 神仏の愛を感じる
・心の傷をいやすには、「神仏の愛」を感じる必要があります。
・神仏の愛を感じることができるようになると、「人との比較」の心が消えていきます。
・「人の評価を求める心」が消えていきます。
・神仏の愛を感じることができるようになると、心に光が入ります。
(ここは、「正見」と「正定」の問題です。)
④ 自分の中道の発見
・光が入れば自分の仏性が輝いてきます。
・他人の仏性が見えるようになってきます。
・一人ひとりが、自分の個性を輝かせながらお互いに協力をすることができれば、そこにユートピアが生まれます。
(こんへんは、「正思」「正語」「正業」「正命」の問題です。)